感覚の音量。散らかった机がタスクを重くする仕組みと、刺激が足りなくて退屈が痛い話
感覚の音量。散らかった机がタスクを重くする仕組みと、刺激が足りなくて退屈が痛い話
机の上を数えました。マグカップが2つ、開きっぱなしの郵便物、充電ケーブル、レシート、読みかけの本が3冊、ペンが7本。その机の前で、私は「メールに1通返信する」という4分の作業に、20分かけて取りかかれませんでした。
メールが難しいわけではありません。机が、うるさいのです。視界の隅でレシートが「いつか仕分けする」と言い、本が「読み終えていない」と言い、郵便物が「まだ開けていない」と言う。どれも声を出してはいないのに、全部いっぺんに聞こえます。机を片づけて、画面に開いていたタブを3つ閉じたら、メールはふつうに返信できました。机を片づける作業のほうが、メールより長くかかったくらいです。
この「視界がうるさい」感覚に、私は長いあいだ名前をつけられませんでした。だらしないからだ、と思っていました。違いました。フィルターの問題です。
健常な脳は、要らないものを意識の手前で消している
人間の脳は、入ってくる感覚をぜんぶ意識に上げているわけではありません。エアコンの音、服が肌に触れる感触、視界の端に映る物。そのほとんどを、意識に上る手前で自動的に落としています。この「落とす」働きがあるから、目の前の一つに集中できます。
発達障害の研究をしている山口真美は、この仕組みを自閉症の脳について書いた解説でこう書いています。「健常者はさまざまな雑音を、意識に上る手前で自動的にシャットアウトしている。自閉症者はこの自動的なシャットアウトができないため、あらゆる雑音が意識化されてしまうのであろう」。シャットアウトが効かないと、本来なら気づきもしない雑音が、全部「聞こえて」しまいます。
ADHDでも同じことが起きます。キズキビジネスカレッジの感覚過敏の解説は、視覚過敏の例として「目に入る情報量が多いとパニックになる」を挙げています。耳栓メーカーLoopのADHDについての記事も、「たいていの人が気に留めない音も、感覚過敏の人にとっては耐えられないほど大きく聞こえたり響いたり」すると書いています。私の机のレシートは、たいていの人には見えていません。私には、点滅して見えます。
フィルターは脳のどこで効いていて、ADHDで何が起きているか
この「要らないものを落とす」処理は、比喩ではなく、具体的な脳の回路が担っています。
Nakajima、Schmitt、Halassaが2019年にNeuron誌に発表した研究は、その回路の一部を明らかにしました。前頭前皮質が、視床網様核(TRN)という関所を通して、視床に届く感覚情報を選り分けている。彼らの実験では、この回路が「邪魔なほうの感覚(視覚か聴覚か)を抑え込むことで、注意を一方へ向けさせる」働きをしていました。要するに、いま要らない感覚に蓋をする係です。
ADHDでは、この係の働きが落ちやすいと考えられています。脳画像の研究では、ADHDの人で視覚・聴覚・体性感覚の領域や視床の活動が高まっていて、フィルターを通らない感覚情報が皮質に多く送られている可能性が指摘されています。蓋が緩いと、机のレシートも、画面のタグも、視界の端のぜんぶが、処理待ちの列に並びます。メールに使える脳の枠は、その分だけ削られます。
この感覚の敏感さは、ADHD当事者に偏って出ます。Panagiotidi、Overton、Staffordが2020年にPsychiatry Research誌に発表した研究は、274人を対象に、ADHD特性の数と「感覚処理感受性(人がどれだけ刺激を強く受け取るか)」を測りました。結果、両者のあいだに強い正の相関が出ました。ADHD特性が多い人ほど、感覚を強く受け取る。著者らは、一般の人口の中でこの関係を示した最初の研究だとしています。感覚過敏は、ADHDの「おまけ」ではなく、地続きのものでした。
これはドア効果と作業記憶の話で書いた、頭の中の枠が約4チャンクしかない問題と、同じ場所でぶつかります。フィルターが緩くて要らない刺激が枠に入り込めば、本当に運びたい用事の置き場がなくなります。散らかった机は、ワーキングメモリを外から食いにくる装置です。同じ容量問題は読書でも顔を出します。文字を追いつつ前の段落を頭に保つ作業が、内向きの考えごとに邪魔されて崩れると、同じ段落を3回読んでも内容が頭に入らない、という形になります。
ところが、刺激が少なすぎても脳は壊れる
ここで話がねじれます。フィルターが緩くて刺激に弱いなら、刺激をゼロに近づければ集中できそうなものです。実際には、そう単純ではありません。ADHDの脳は、刺激が足りなさすぎても動かなくなります。
コペルプラスの解説は、その理由をこう書いています。「ADHDの子どもは、退屈に耐えることが苦手です。単調な作業やルーティンワークに取り組むのが難しく、刺激が少ないと感じると、すぐに別の刺激を探し始めます」。背景にあるのはドーパミンとノルアドレナリンで、これらの働きが低めだと、「強い刺激を受けることで、集中力を維持しやすくなるため、自ら刺激を求める行動を取ります」。
退屈が、ただ「つまらない」では済まないのがADHDです。刺激の足りない作業の前に座ると、痛みに近い落ち着かなさが来ます。そして脳は、その穴を埋める刺激を勝手に探しに行きます。スマホ、冷蔵庫、急に思いついた別のタスク。これは興味ベースの神経系の話と同じ仕組みの、別の顔です。退屈な作業に着手できないのは、怠けではなく、刺激が閾値に届かないからです。
だから脳は、両方向に下手なのです。刺激が多すぎると、フィルターが緩くて溺れる。刺激が少なすぎると、エンジンがかからない。ちょうどいい帯域が、健常な脳より狭い。
だから「量」が、いじれるレバーになる
この両側の弱さには、共通の対処法があります。自分の意志を鍛えることではありません。環境の刺激量を、外から調整することです。
過剰の側は、引き算です。キズキの解説も、感覚過敏への対策として「苦手な視覚情報から物理的に離れるのが効果的」と書いています。気合いで雑音を消すのではなく、雑音そのものを視界から減らす。机を片づける。画面に開くものを減らす。リストの表示件数を絞る。机を片づける作業そのものがなぜADHDでこんなに重いのかは、一物ごとに連続する判断で脳の燃料が尽きる話で別に書きました。これは時間盲が視覚の問題だと書いた記事で、タイマーの周りを片づける話とつながっています。タイマーが23件のリストの隅で鳴っても埋もれるのと同じで、4分のメールも、レシートと郵便物と本3冊に埋もれます。合図も、タスクも、静かな背景があってはじめて聞こえます。
不足の側は、足し算です。退屈すぎる作業には、適度な刺激を足す。タイマーで時間に締め切りの感触を与える、誰かと並んで作業する(もくもく作業)、音楽をかける。穴を埋める刺激を、脳が勝手に探しに行く前に、こちらから渡しておく。
どちらも、自分を変える話ではありません。机を変え、画面を変える話です。そして画面というのは、ToDoアプリにとっては設計の問題です。ToDoアプリがADHD脳でうまくいかない理由で書いたとおり、多くのアプリは、リストを長く見せ、項目を多く並べ、期限切れを赤で点滅させます。フィルターの緩い脳にとって、その画面は散らかった机そのものです。アプリを開いた瞬間に、47件ぶんの「いつかやる」が、レシートと同じ声で一斉に話しかけてきます。
Ikoiでの形
Ikoiは、この「量」を最初から絞った画面として作りました。
集中モードに出るのは、タスク1件だけです。大きく、どんと、それ以外は視界の外。残り46件は別の画面に仕舞ってあります。フィルターが緩い脳に、フィルターをかける仕事を肩代わりさせるのではなく、最初から落としておく、という考え方です。期限切れの赤も使いません。触らなかったタスクは赤く点滅して積み上がる代わりに、静かに薄れていきます。点滅する刺激を、画面の側から減らしてあります。
不足の側には、もくもくタイマーがあります。退屈な作業に、時間の感触と、いっしょにいてくれる仲間(任意)を足す。穴を、脳が冷蔵庫で埋める前に、こちらから埋めておく装置です。
感覚のフィルターは、鍛えて強くなるものではないようです。ドーパミンを根性で増やせないのと同じで、これも容量と配線の話です。変えられるのは、目の前にどれだけの刺激を置くかだけ。散らかった机の前では、4分のメールが20分になる。机を片づければ、4分で終わる。脳のフィルターをいじれないなら、フィルターにかける前の量を、机と画面の側でいじるしかありません。
よくある質問
- ADHDだと、なぜ散らかった部屋や情報の多い画面で集中できないのですか?
- 要らない刺激を意識に上る手前で落とす「フィルタリング」の力が弱まりやすいからです。健常な脳は雑音や視界の情報を自動的にシャットアウトしますが、ADHDではこのフィルターがうまくかからず、本来スルーできる情報まで脳に入り込んで処理が追いつかなくなります。散らかった机や項目の多いリストは、その分だけ脳の処理を奪います。
- 感覚過敏とADHDは関係がありますか?
- 関係します。Panagiotidiらの2020年の研究(274人)では、ADHD特性の数と感覚の敏感さ(感覚処理感受性)のあいだに強い正の相関が見つかりました。脳の画像研究でも、ADHDでは視覚・聴覚・体性感覚の領域や視床の活動が高まり、フィルターを通らない感覚情報が皮質に多く送られている可能性が示されています。
- ADHDなのに刺激を求めてしまうのはなぜですか?
- ADHDの脳はドーパミンやノルアドレナリンの働きが低めで、刺激が少ないと退屈に耐えにくくなります。単調な作業に取り組むのが難しく、刺激が足りないと感じると、すぐに別の刺激を探し始めます。つまり脳は刺激が多すぎても少なすぎても扱いに困る、両方向に調整が下手な状態です。
- 集中するために環境はどう整えればいいですか?
- 要らない刺激から物理的に離れるのが基本です。視覚過敏の対策は、苦手な視覚情報を視界から減らすこと。机の上を片づける、画面に開くものを減らす、リストの表示件数を絞る。同時に、退屈すぎる作業にはタイマーやもくもく作業で適度な刺激を足すと、刺激不足の側もしのげます。
- アプリの画面の情報量は集中に影響しますか?
- します。目に入る情報量が多いとパニックになる、という視覚過敏の訴えは珍しくありません。47件のリストにタグや赤い期限切れが並んだ画面は、フィルターの弱い脳にとってそのまま処理負荷です。一度に1件だけ表示するような、情報量の少ない画面は、はじめるコストを下げます。